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番組HPより)
1960年、炭鉱閉山の実態を世に知らしめた『筑豊のこどもたち』。写真家・土門拳がレンズを向けた子どもたちは、その後60年をどう生きたのか。
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かつて貧困のシンボルと呼ばれた福岡県筑豊の子どもたちのその後を追った回です。
60年前、石炭から石油へ国のエネルギー政策の転換により、相次ぐ炭鉱閉山で親が失業し、貧困にあえいでいた筑豊の子どもたちに、写真家・土門拳がレンズを向け、その実態を世に知らしめたということです。
それから60年後、写真集の被写体となった人たちを訪ね歩きますが、その多くは筑豊の町を離れていてなかなか見つからず、特に、写真集の表紙を飾った少女のその後の所在が分からず、その後を知られたくないという思いがあったのではないかということで、取材が難航していました。
それでも何人かの方が見つかりお話をうかがうことができ、子どもの頃はこの町から逃げ出したかったそうですが、今は炭鉱生まれであることは気にしないし、このボタ山(採掘にともなう捨石の集積場)の風景がある町が自分のルーツだと感じられる言葉があって、故郷への深い思いを感じました。